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わたしとマイツールの出会い、営業マン時代とMG

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わたしとマイツールの出会い

 わたしがマイツールを使うようになった経緯をお話しします。

 わたしはとてもラッキーでした。

 わたしは、静岡県焼津市にある食品メーカーの東京営業所の営業マンでした。

 入社して3年目、わたしが25歳のころ、会社が西研究所・西順一郎先生と1年間の契約を結び、MG(マネジメントゲーム)とマイツールを導入することになりました。

 当時、西先生は『人事屋が書いた経理の本』がヒットし、中小企業のコンサルティングで引っ張りだこでした。

 西先生の業務改革の基本は「上がやる、下もやる、みんなやる」の全員経営。

 モットーは「みんなで、MG、マイツール」、いわゆる3M経営でした。

マイツールとの出会い

 西先生との契約が終わるころ、わたしは一番最後に、MGとポケコン(ポケットコンピュータ)、そしてマイツールを教えてもらいました。

 そこで、特にポケコンとマイツールにはまりました。

 ただ、当時のマイツールはシビック(車)と同じくらいの価格。

 入社3年目のわたしには、とても手が出せるものではありませんでした。

 一方、ポケコンは秋葉原で3万円ほどで買うことができました。

 わたしは、付属のマニュアルに載っているプログラムを片っ端から入力しました。

 「コンピュータに少し近づいた」ような気がしました。

当時の仕事とマイツールの導入

 当時、仕事ではWindowsもインターネットもなく、営業会議の報告書はIBMのコンピュータの「マルチプラン」(今でいうエクセル)を使ってまとめていました。

 マルチプランで表を作り、合計や前年比を計算し、印刷して提出。

 しかし、コンピュータといっても、手書きの書類を清書するような感覚で、計算ができる分、ワープロより少し便利な道具という程度でした。

 そんな中、東京営業所に「モニターとキーボードが一体化したラップトップ型のマイツール」が1台導入されました。

 しかし、せっかくのマイツールも誰も使おうとしませんでした。

マイツールを独学する日々

 わたしは、マイツールを触れるのがただ嬉しくて、土日になるとマイツールとマニュアルを家に持ち帰り、ずっと触っていました。

 当時、本屋に行ってもマイツールの情報は一切なし。

 仕方がないので、わたしはマニュアルに載っているコマンドを、Aから順番に1ページずつ試していくことにしました。

 そんなある日、大学時代の友人、野口純男くんから電話がかかってきました。

 「おまえ、MGとマイツール知っているか?」
「会社でやったよ」
「それ、いいから、とにかくやれよ」

マイツールだけではつまらない?

 わたしは、それまでマルチプランで作っていた営業会議の資料を、マイツールで作るようになりました。

 しかし、それだけではつまらなかったのです。

 「車一台分もするマイツールを使って、こんな表を作るだけで終わっていいのか?」
「もっとマイツールを使いこなしたい」

 そう思い、野口くんに相談しました。

 すると、彼は言いました。

 「おまえ、MGに行け」

 この言葉が、わたしの運命を変えた瞬間だったかもしれません。

MGセミナーへ

 西研究所のMGセミナーは月に一度、土日2日間、新宿三丁目のアクシスビルで開催されていました。

 わたしはすぐに申し込み、毎月MGに通うようになりました。

 目的は、「マイツールをどうやって使うのか?」を知ること。

 しかし、いざ参加してみると、今まで会ったことのない人たちばかりで、
最初は完全に面を食らいました。
マイツールどころではなく、MGの雰囲気に慣れるだけで3~4か月かかりました。

 しかし、視野が広がり、ようやく「マイツールのことを聞ける場がここにある」と実感しました。

MGで盗んだマイツールの使い方

 MGでは、西先生も集計にマイツールを使っていました。

 わたしはそっと西先生の後ろに近づき、マイツールの操作を盗み見ました。

 また、MGの参加者たちが、マイツールの活用方法を自慢げに話しているのを聞きました。

 中には、ビルのオーナーの木原正勝さんまでマイツールを使っていました。

 毎回セミナーが終わると、木原さんの事務所に行ってマイツールを見せてもらいました。

 こうして、わたしはMGセミナーに通うことで、マイツールの使い方を「盗んで」いったのです。

 つづく

 (マヒマヒ)